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シン・ゴジラを見た人はシン・エヴァンゲリオンを見なくて良い、という説

 「いまさら!?」感満載であるが、シン・ゴジラを見てきた。死ぬほど面白かった。エンドロールを見終えた直後、僕は多分死んでいたと思う。

 僕はエヴァがとても好きで、シンゴジラの製作発表がされ、監督が庵野秀明と聞いた時「そんなもん作ってないで早くエヴァの新作」と思っていた。しかし、劇場から出た僕は「もうエヴァ作らなくていいよ……満足」という気分になっていた。何故か。

 それは「シン・ゴジラ」は「僕がエヴァに期待しているもの」で出来ているからだ。

 ……当然といえば当然だが、この考えは僕にとって目から鱗であった。

 「エヴァ」の魅力とはなんだろう。 ロボットのカッコよさ? キャラの良さ? ストーリーの面白さ? 数多く残された謎に関する考察? ……それとも「リアルさ」だろうか。僕が感じている「エヴァ」の魅力とは「エヴァや使途といった”虚構”に対してとても”現実”的にアプローチしている」所に他ならない。少し伝わり難ければ、単純に「リアルな所」と言い換えてもよいかもしれない。

 具体例をいくつか出そう。エヴァが発進する時、NERVの人たちはエヴァをカタパルトに乗せ射出する。エヴァは不思議な力で浮いたりはしないのだ! リアル。エヴァは高い所から落ちるとき、着地の直前肩の所からジェットを噴射させ減速させる。高い所からそのまま落ちたらエヴァは壊れてしまうのだ! リアルだ。めっちゃ硬い敵が出てきたら、日本中から電力を集めて攻撃する。エヴァ単体が持つ力なんてそんなもんなのだ。リアルだな。……ここまではエヴァという兵器に焦点を絞ったが、他にも使途が出るたびに行われる作戦会議や、その準備。第3新東京市の武装や国連、日本政府とのやり取り……。この作品はエヴァや使途という”虚構”以外はどれも”現実”的なのだ。

 僕はヤシマ作戦の準備の所とか、旧劇場版の戦略自衛隊が攻めてくる所とか、エヴァの技術的な問題をクルーがあれこれ言っているシーンだとか、なんというか”虚構”に対する人々やエヴァという兵器の”現実”的な反応が見れるシーンだとかがすごく好きなのだ。もうQの冒頭6分のUS作戦の所は面白すぎて発狂しそうになった。そう、だから正直、テレビ版後半の自問自答やQのUS作戦より先はあんまり面白くないと思っている。(シンのエヴァオタクはこの辺も楽しむんだろうな)

 そう、僕は”虚構”に対する”現実”をエヴァに期待していたのだ。だからQを見たとき、僕は正直ガッカリした。何故ならエヴァが訳の分からぬ不思議な力を手に入れ暴れまわったり、シンジ君がわけのわからぬ事を言い始めて訳の分からない事をするし、僕が期待していたものはUS作戦以降ほぼゼロだったからだ。そう、だからこそ、シンは、シンは僕の期待したエヴァであってくれ……! と思っていたところにシン・ゴジラ。僕は大変満足した。シン・ゴジラには僕がエヴァに求めていた物がこれでもかという位詰め込まれていた。ゴジラという"虚構”に対して”現実”はどうするか。最高。こうして僕は満足して、「もうシン・エヴァはなんでもいいや……」という気分になったという訳だ。

 僕と同じようにエヴァの”リアルさ”に魅力を感じて終盤やQになんとな~く裏切られた気持ちを抱いている人は少なくないのではないだろうか? そういう人は是非シン・ゴジラを見に行こう。きっと「そうだよ庵野! 俺が求めていたものはこれだ! ありがとう! ありがとう! ありがとう庵野秀明! 最高!」となるに違いない。

 

 これだとエヴァのリアルなとこだけ好きな人みたいな感じになるけど、僕はエヴァの「瞬間、心、重ねて」とか「奇跡の価値は」とかの映像としての面白さや、レリエルゼルエルバルディエルとかを暴走してぶっ倒す所も大好きだよ。後綾波もミサトもアスカも大好きだよ。